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飛騨川の谷間に開けた下呂温泉は、1000年の歴史をもつ名湯。
一羽の白鷺に導かれて発見されたという「白鷺伝説」の昔から、無色透明、なめらかな肌ざわりとほのかな湯の香が漂う温泉は「健康の湯」「美人の湯」としてたくさんの人に愛されてきました。
いまでは、旅館ホテル保養所など約70軒を数え、高級旅館からリーズナブルな宿まで揃った飛騨を代表する温泉地です。 |
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泉質:アルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性高温泉)
PH値:9.2
泉温:84℃(供給温度56.1℃)
効能:リューマチ性疾患、運動機能障害、神経症、神経麻痺、病後回復期、疲労回復など
美容や健康づくりに優れた効果があります。これは、体の芯から温まることで血行が良くなる他、温泉に含まれる硫化水素がビタミンCを補い、副腎を活性化するためといわれています。
下呂温泉は無色透明でほんのりとした湯の香りがあり、実に肌ざわりのなめらかな温泉です。少しお湯につかるだけで肌がつるつるになるのは、PH値9.2という天然の石鹸効果によるものです。
温泉のガスやイオンなどが体内に吸収されて、成分の効果や反復して入浴することによって受ける刺激が健康づくりに役立ちます。また、周りを山々に囲まれ、四季折々の風情があり、のんびりできるのも魅力です。
温泉を利用した病院や研究所が設けられるなど、早くからその効き目が注目され、温泉を利用したリハビリテーションなどが積極的に行われています。
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今から10万年前、下呂の東南にある湯ヶ峰火山が噴火しました。
やがて火山活動は収束しますが、地下深くのマグマは冷え切らずに残り、飛騨川の地下水を温める熱源になりました。
これが下呂温泉です。
温泉が発見されたのは延喜年間(901〜923年)といわれ、湯ヶ峰の山頂近くに湧き出ていました。ところが文永2年(1265年)、地震とともに突然止まり、飛騨川から噴出した、と伝えられています。 |
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室町時代、全国を旅した京都五山の詩僧万里集九は二回にわたって下呂温泉を訪れ、著書「梅花無尽蔵」の中で下呂温泉を有馬、草津に並ぶ三名泉と称えました。
江戸時代に入り、儒学者林羅山も詩文集の中で下呂温泉を天下三名泉と紹介したことから、全国にその名がとどろきます。交通の不便な時代にあって遠方から年間3万人の入湯客を集める湯治の名所になっていました。
ところが、当時の温泉は川原に湧く「湯壷」と呼ばれる露天風呂。
度重なる飛騨川の洪水のたびに流出したり、土石流に埋まります。特に明治の大洪水では下呂温泉は壊滅的な被害を受けました。
外部資本と技術の導入によって湯量豊富な温泉が復活したのは昭和に入ってから。折りしも高山本線の開通が拍車となって一大温泉郷に発展していきました。乱開発が問題となった昭和40年代以降には、温泉資源を守る集中管理が導入されて、どこでも良質な温泉が楽しめるようになっています。 |
| 湯めぐり手形 下呂温泉旅館協同組合 (0576)25−2064 |
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下呂温泉の手形加盟旅館30軒余りのうち、3ヶ所の旅館のお風呂を利用できる日帰り入浴専用手形があります。
気になる一流旅館のお風呂を体験することができ、半年の有効期限があるので、次回にも楽しみがとっておける、リーズナブルな手形です。(旅館により入浴時間や駐車場の指定あり)
湯めぐり手形は1200円。加盟旅館及びコンビニ、みやげ店で販売しています。 |
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白鷺の湯
10時〜22時 300円 休:水 (0576)25−2462
温泉街にある、大正15年創業の歴史ある公共浴場。現在の建物は新しくつくられたものですが、レトロな洋風の外観が大正ロマンを感じさせます。
檜造りの湯船に源泉掛け流しのお湯がたっぷりと満たされ、窓からは飛騨川の流れを見下ろすことができます。
入り口には円形をしたビーナスの足湯があります。 |
幸の湯
10時〜23時 350円 休:火
(0576)25−2157下呂温泉の共同浴場で、飛騨川の下呂駅寄り、下呂温泉病院の隣にあります。
旅館ですが、ジェットバスや露天風呂、サウナなど8種類のお風呂を備え、スーパー銭湯を小さくしたような造りになっています。夕暮れ時の露天風呂からは、飛騨川をはさんだ旅館の明かりが見え、情緒があります。 |
クアガーデン露天風呂
8時〜21時 600円 休:木
(0576)24−1182飛騨川に面した露天風呂主体の立ち寄り湯です。
岩風呂や五右衛門風呂、打たせ湯、箱蒸しなど6種類のお風呂があり、洞窟風呂は大人の胸までの深さがあって、たっぷりと温泉を楽しむことができます。
和風のなまこ壁が特徴的な本館には、畳敷きの広い休憩室や食事処もあります。 |
水圧による心臓への負担が少ない足湯は、血行を良くし、冷え性も解消されるなど、健康維持にとても効果があります。入浴時間はおよそ10〜15分が目安。最初、足からジワ〜と暖まってきて、そのうち全身の血の巡りが活発になってきます。なので、足だけではなく体全体の疲れが取れていきます。
下呂温泉では、散歩の途中で気軽に何ヶ所も足湯めぐりが楽しめるのが魅力です。
無料足湯は、阿多野谷沿いの「ゆあみ屋の足湯」と、その隣、下呂ロイヤルホテル雅亭入り口の「雅の足湯」、白鷺の湯入り口の「ビーナスの足湯」、温泉街の駐車場横の「鷺の足湯」の4ヶ所です。
その他、下呂発温泉博物館や下呂温泉合掌村にも足湯があります。
昔むかし、下呂温泉は今の飛騨川ではなしに、東にそびえる湯ヶ峰の山中に湧いとったんやさ。傷や病気に効くいいお湯やったもんで、ふもとの村人たちは大変ありがたがっておったんや。
ところがある日、大地震が起きたかと思うと、湯ヶ峰の温泉は突然止まってまった。温泉を失った村人たちは嘆き悲しんだそうやさ。
しばらく後、ある村人が川原の水溜りに傷ついた一羽の白鷺が休んでおるのを見たんやって。あくる日も、その次の日も、同じ場所で白鷺が休んどる。不思議なこっちゃさなぁって、様子を見に行った村人は、川から湯気が立って、温泉が湧き出しとるのを見つけたんやさ。
そしたら、白鷺はさぁっと飛び立ってゆく。驚いた村人も白鷺について山の方へ向かったんや。そこで村人が見つけたんは、松の木のそばにあった薬師如来像やったんやて。
ははぁ、これは温泉を失くして悲しんだ人々を哀れんで、薬師如来が川原の温泉を教えてくれたんやなぁって、村人たちは噂しあい、白鷺が飛んでいった中根山の中腹に薬師如来像を祀る温泉寺を建立したんやと。
下呂温泉で有名な下呂は珍しい地名ですが、市内には下呂温泉の北に中呂、その北に上呂もあります。
もともと本家は下呂温泉から15km北に位置する上呂区。ここには、奈良時代に定められた官道・東山道飛騨支路の駅があり、「伴有駅(とまりえき)」と呼ばれていました。
東山道飛騨支路とは、現在の岐阜市から分岐して飛騨に入り、位山峠を越えて飛騨国府に至る当時の幹線ルートです。駅には馬が置かれ、役人が移動するときに駅から駅へ、馬を乗り継ぐ「駅伝」方式で旅をしていました。
奈良時代には珍しい「浅水橋」が架けられた伴有駅は、飛騨川を渡る重要な場所であったと思われます。
ところで、南の菅田駅から伴駅の間にはいくつも峠があり、距離も70km近くあったので、中間駅として「下伴有駅」が設けられました。時代がたつうち、「上伴有駅(かみとまり)」と「下伴有駅(しもとまり)」は「上留」「下留」とも書かれるようになり、音読みして「じょうる」「げる」そして「じょうろ」「げろ」と変化してゆきました。
ちなみに、下呂という大字名はありませんが、上呂には「上上呂」「下上呂」があり、「中上呂」というバス停もあります。
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