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高山市郊外の飛騨世界生活文化センターに「ミュージアムひだ」があります。
豊かな自然に育まれた飛騨の人々「ひだびと」の生活文化をジオラマで再現したミュージアムは「博物館」という硬いイメージとは違う見せる工夫が凝らされており、飛騨を知るためにおすすめの場所でしたが、リニューアルに伴い平成23年3月末に廃止されてしまいました。
平成23年6月4日には新「ミュージアムひだ」として、日本の美・飛騨デザインをテーマとした博物館に生まれ変わりましたが、ひだびとの暮らしという内容ではありません。
そこで、旧ミュージアムを惜しみ、写真で見る「WEB岐阜県ミュージアムひだ」として紹介します。
飛騨は高山市、飛騨市、下呂市、大野郡白川村の3市1村からなる地方です。
岐阜県は南部の美濃地方と北部の飛騨地方で構成され、飛騨は県土の4割を占める広さがありますが、ほとんどは険しい山地で人口は県人口220万人に対してわずか16万人程度を占めるにすぎません。
そんな辺境ともいえる飛騨ですが、豊かな山の恵みに支えられた人々の暮らしがあり「日本のふるさと」ともいえる風景が残されています。
飛騨の人々「ひだびと」の生活エリアは、大きく「まち」「ざい」「やま」の3つの地域に分かれます。
「まち=町」は飛騨高山や飛騨古川といった中心市街をいい、商家や職人の生活があります。まちのシンボルとして、商家の玄関をイメージした帳場格子、たんす、たばこ盆などが並べられています。
「ざい=在」はまちの中心から離れた農村集落です。ざいの農家のシンボルとして、食生活に関係する台所や土間まわりの様子をイメージした囲炉裏、鉄鍋、石臼、味噌桶、ショウケなどが並んでいます。
「やま=山」は林業で生計を立ててきた山村集落です。山仕事や山の幸の収穫を行う道具、バンドリ(雨具)や笠、ネコダ(子守籠)などの手仕事の民芸が並んでいます。
「飛騨の匠」といえば、優れた木造建築を手がける大工のことを指しますが、飛騨には大工以外にも職人が多く、ものづくりの技術と、そこに現れるものづくりに対する姿勢やこだわりが受け継がれてきました。
伝統的な春慶塗、一位一刀彫、古川のロウソクだけでなく、現代的なデザインの飛騨の曲木家具などにも、飛騨の匠の心が脈々と息づいています。
「ざい」や「やま」の生活がある農家の様子です。
飛騨の民家といえば白川郷の合掌造りが有名ですが、実は白川郷と富山県五箇山にまたがった地域に限られています。飛騨の中央部から南部にかけては、切妻・板葺き大屋根の飛騨民家が分布しています。
現金収入としての養蚕が普及した江戸時代中期以降、養蚕のために広いスペースを設けた大きな民家が作られました。養蚕の廃れた現在では古い飛騨民家は現代風住宅に替わりつつあります。
ジオラマで再現された正月の様子です。
「花餅」は、雪で閉ざされて花がない飛騨の正月を華やかに飾るため、株から伸びる木の枝に、紅白の餅をちぎって飾りつけたものです。花餅は年末に各家庭で作るほか、いろいろなお店で売られています。正月が過ぎた花餅はしばらく飾られたのち、枝から外して砂糖で煎り、ひなあられにします。
飛騨の正月料理の主役は雑煮ですが、すまし汁に四角の焼き餅、凍み豆腐、長ネギを入れたものが一般的です。雑煮の他に、黒豆(まめ=健康に)、タツクリ(農作業)、数の子(子孫繁栄)が出されます。
寒さが厳しく、長く雪が残る飛騨では他の地方にもまして春を待ちわびる気持ちが強いものです。
1月24日に高山市で開かれる二十四日市では酒粕を買い込んで甘酒や粕汁を作る家庭が多く、体の中から温まる酒粕は冬の味覚として好まれています。七輪に載せた網デッキの上で酒粕をそのまま焼いて食べる方法もあります。
初午は最初の午の日のことをいい、養蚕の繁栄を願って家庭で蚕の繭形をした団子を作ります。現在では養蚕農家はほとんどありませんが、習慣として残っています。稲荷神社では初午祭りが行われ、団子まきがあります。
節分には、下呂市竹原地区や高山市奥飛騨温泉郷などに、家の玄関先に鬼の絵を書いた紙ふだを貼っておき、子どもたちが鬼のふだを集め、ご褒美にお菓子などをもらう「鬼めくり」という伝統行事があります。
だんだん雪の解けてきた春彼岸の3月でも、富山県境の飛騨市神岡町山の村地区はすっぽり雪に覆われたままです。
ようやく飛騨にも南から遅い春がやってきます。
山の講は旧暦2月と10月に集落の裏山に祀られた山の神様の祠の祭りです。
飛騨のひなまつりは旧暦で行われることが多く、そのため2月から4月までの長い期間、ひな飾りが並べられます。下呂市や高山市では「がんどうち」といって、子どもたちが各家庭を「ひなさま見しとくれ」と唱えて回り、お菓子をもらう伝統行事があります。
3月、集落の神社では、長い冬を乗り越えた喜びと、これから始まる農作業の五穀豊穣を願う祈年祭が行われ、新入学児童の報告により、子どもたちの幸多からんことを祝います。
4月、一気に春めいてきた季節には神社の例祭が行われます。飛騨の祭りでは獅子舞が奉納され、獅子頭を被って踊る「伊勢神楽」や、おかめとひょっとこ、天狗が戯れる「金蔵獅子」などが各地域にあります。祭りの行列は鉦を打ち鳴らして進む音から「カンカコカン」と呼ばれます。
4月から5月にかけての野外レクリエーションは山菜取りです。
ほろ苦さがたまらないふき味噌にはじまり、ワラビ、ゼンマイ、コンテツ、ノビルなどの山菜がそろい、中でも山菜の王様はタラの芽の天ぷらです。しかし、乱獲や道迷い遭難といった問題点から、春の山菜や秋のキノコのシーズンは入山禁止になっている野山が多いので注意しましょう。
飛騨の田植えといえば、高山市松ノ木町に残る車田の田植えが有名です。伊勢神宮の奉納米を作付けする特別な田んぼで、飛騨と佐渡にしか残っていない習慣です。
トラクターや田植え機といった農業機械が普及するまでは、田植えは農家の一大イベントでした。親戚や近所の人々が集まって大勢で田植えを行い、順番に各家庭を回って済ませていきました。そこで、田植えが終わると労をねぎらう「田植え終わりの膳」を振る舞い、みんなでお祝いします。
端午の節句も旧暦で月遅れの6月に行われることが多く、笹巻きチマキを作ります。
6月の終わりには夏越の大祓いが各神社で行われ、茅の輪を8の字にくぐって暑い夏を健康に乗り切ることを祈ります。
8月8・9日の松倉観音の縁日では、高山市郊外の松倉観音と本町通り山桜神社で絵馬市が開かれます。飛騨の絵馬は和紙に手書きされたもので、各家庭やお店、会社では毎年買い換えて、玄関に馬の頭を内に向けて飾ります。これは外から福を持って駆け込んで来ることを意味し、外向きに飾ると福が逃げてしまうと言われます。
飛騨のお盆には、殺菌作用があって食品を長持ちさせる朴葉に餅を包んで焼く「朴葉もち」が出されます。
夏といえば怪談、山国の飛騨にはやはり山にまつわる妖怪話が多く、大蛇や河童が登場します。飛騨では物の怪は山の尾根を通り道にするとされ、山仕事で泊まる場合も稜線を避けて寝たといいます。
秋の収穫が終わると、神社で新嘗祭が行われます。家庭ではまつりの膳を用意して来客をもてなします。
秋祭りが済むとそろそろ冬も近づき、紅葉が終わりかけた神社では雪囲いなどの冬やわいが行われます。
11月28日の親鸞聖人の命日を中心に、飛騨の浄土真宗寺院と檀家の家々では報恩講「ほんこさま」が行われます。大きな家では、僧侶を招いて親戚や近所の人たちと仏間で読経と法話を行い、その後に座敷で本膳、茶菓子、夜の会席膳、翌日に湯漬けうどんを振舞うまで2日がかりでもてなし、親鸞聖人や先祖に感謝し、親睦を深めます。
飛騨では商売繁盛や五穀豊穣の神様として恵比寿・大黒を祀る家が多くあります。
旧暦1月20日を「デベスコ」といい、恵比寿様と大黒様は1年間家の外に出稼ぎに出発します。旧暦10月20日には稼ぎを終えて家に帰ってこられる「エベスコ」があり、特別な膳を準備して神様の1年の労をねぎらいます。
一方、デベスコでは神様に家計の危機感を持たせるため、わざと質素な膳にします。
出発時に豪勢な膳を並べると、神様は富裕な家だと安心してしまい、稼ぐ必要性をあまり感じなくなるようです。
12月28日に餅を搗いて鏡餅を作り、花餅飾りも作ります。山から松の枝を取ってきて正月飾りを作ります。
飛騨では新年の食事より、大晦日の昼に行う年取りの膳が重要です。富山から送られてくる塩ブリが飛騨の年取りの魚で、江戸時代には遠く信州まで送られて海のない山国の「飛騨ブリ」と称されて珍重されました。
冬場の保存食として作られた飛騨の漬物。赤カブの品漬けが有名ですが、白菜やりんご、にんじんを切って浅く漬けた切漬けもサラダ感覚でおいしい漬物です。
冬の寒さで凍った切漬けもシャキシャキした食感が楽しめますが、飛騨では漬物を焼いて食べる、という習慣がありました。さらに、油を引いてクツクツ煮込んだのが「にたくもじ」という郷土料理。いまでは「漬物ステーキ」に進化しました。
げんこつ飴:きな粉に水飴を混ぜて練り上げ、長さ2cm程度に切った駄菓子。
甘甘棒:きな粉を練り上げた駄菓子。ねぶるうちに、素朴な甘みが口に広がります。
穀煎:黒胡麻・白胡麻・落花生・大豆などの穀類を煎ることから「穀煎」と言われます。
三嶋豆:大豆に砂糖の糖衣をかけた素朴な甘みの駄菓子。食べたら止まらない。
塩せんべい:ふわふわの赤ちゃんせんべいのようなせんべい。さっぱり塩味です。
これらの駄菓子は、スーパーやコンビニでも売られているポピュラーな駄菓子です。
飛騨弁ともいい、日本の真ん中だけに、語彙は関西風で発音は関東式アクセント、という特徴があります。
全体に岐阜方言と共通の言葉が多く、東海地方に近いですが、近隣の信州、富山、福井方言とははっきりした違いがあります。飛騨方言でも南飛騨、高山盆地、北飛騨では少しずつ異なります。
飛騨弁の一例
あぐむ(飽きる)、あじない(不味い)、あんきに(気楽に)、
あんさま(長男)、あねさ(長女)
いきる(蒸し暑い)、いこまいか(行きませんか)、いなだく(いただく)、
いのかす(動かす) うたてい(ありがたい)、うつくしょう(きれいさっぱり)、えらい(つらい、疲れた)
おいた(嫌だ)、おいでた(来られた)、おそがい(こわい)、おじぼうず(次男)、
おめえ(おまえ)、おり(俺)
かいど(外)、かう(かける)、かざ(におい)、かつえる(飢える)、
かわいい(かわいそう)、かんこう(工夫) くる(行く)、ぐろ(隅)、けなるい(うらやましい)、げばいた(失敗した) こわい(申し訳ない)、ごわかく(腹が立つ)、こけ(きのこ)、ござる(来られる) ささって(あさって)、しこ(様子)、しみる(冷たい)、ずぼりこむ(もぐりこむ) せんだいも(じゃがいも)、そら(高い場所) たか(高い場所)、たくる(引っ張る)
だちかん(だめ)、だっしゃもない(みっともない)、ためらう(気をつける)、
つる(持ち上げる) ぬくとい(暖かい)、ねぐさる(腐る)、ねばい(しつこい) はしっこい(機転が利く)、はじかむ(かじかむ)、はんちくたい(じれったい) びい(女の子)、べんこう(生意気)、ぼう(男の子)、ぼぼ(あかちゃん)
またじ(かたづけ)、まちょうに(まともに)、まめ(元気)、まわし(準備)、
みえる(来られる) やわう(準備)、やんだす(差し出す)、ようさり(夜)
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