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Panorama飛騨 飛騨路と北アルプスの絶景地ガイド

 
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名古屋東山 激動のアジア近代史を歩く


覚王山日泰寺

 1898年、インド北部の遺跡を発掘していた英国調査団が、草に覆われた仏塔跡から宝石黄金の数々と古い骨壷を発見しました。分析の結果、収められていた人骨は釈迦の遺骨(仏舎利)と判明、シュリーマンによるトロイの発見と並ぶ、考古学史上の大発見と騒がれます。なぜなら、当時の仏教研究者たちは生年不詳の釈迦について実在を疑っていたからでした。

 インドを統治していた英国政府は、発掘品を大英博物館とカルカッタ博物館に収納する一方、仏舎利に関しては仏教国・タイ王国のチュラロンコン国王に贈与しました。チュラロンコン王が仏舎利の一部を同じ仏教国の英領ビルマと英領セイロンに分与したことを知った日本の仏教界もタイ政府に分与を請願し、日本にも仏舎利が渡されることになります。代表団として東西本願寺と曹洞宗、臨済宗の高僧がタイを訪問し、仏舎利と王室に伝わる黄金の秘仏を戴いて帰国しました。

 しかし、京都で執り行われた仏教56宗派の合同法要のあと、どの宗派が仏舎利を奉安するかで日本仏教界は争い、京都に仮安置されたままでした。しびれを切らしたタイ皇太子が日本訪問を発表したため、急遽、全宗派による投票が行われた結果、寺院用地と資金の提供を申し出た名古屋市に奉安することが決まり、1904年、日本唯一の超宗派寺院として覚王山日泰寺が建立されました。

境内自由

アクセス:地下鉄東山線「覚王山」

医王山鉈薬師と張振甫

 張振甫は中国明王朝の王族に連なる医師でした。明王朝が滅亡し、満州族の征服王朝・清朝が成立すると、多くの中国知識人が日本へ亡命します。張振甫も亡命集団に加わって長崎から京都を経て江戸に向かう途中、尾張徳川家初代の徳川義直から侍医になるよう懇願されますが、庶民に医療を施したいと述べて固辞しました。

 2代徳川光友の時代に、覚王山付近に土地を下賜され、振甫山、振甫新田、振甫池などの地名が残ります。張振甫は、寛文9年(1669)この地に、光友から下賜された名古屋城の建材を用い、円空に依頼して本尊薬師如来像のほか、阿弥陀如来や十二神将の木像を彫らせ、医王山鉈薬師堂を建立しました。
 張家は代々尾張徳川家の庇護を受けて御医師を勤め、現在まで名古屋市内で医師の家系として続いています。

境内自由

アクセス:地下鉄東山線「覚王山」

揚輝荘

 日泰寺の下に広がる緑の森に、洋館や庭園が点在する揚輝荘があります。戦前の名古屋別荘文化を代表する建築群です。名古屋市の郊外に位置する東山丘陵は、眺めのよさと都心へのアクセスのよさから、大正から昭和初期にかけて、名古屋の政財界人が競って瀟洒な別荘を建てました。

 松坂屋の創設者・伊藤祐民は大正7年、当時の名古屋に賓客をもてなすための近代的なホテルがないことを残念に思い、東山に広大な土地を取得して数々の洋館を建て、「揚輝荘」と名付けて私的な迎賓館としました。祐民は昭和8年に社長を引退後、インドや中国旅行に感化され、建築や庭園に東洋趣味を取り入れます。大アジア主義の理想を掲げた祐民は、日中友好活動を積極的に行って国際サロンを開きました。その後、揚輝荘に中国や東南アジアの留学生のための寮を開きますが、やがて始まった戦争が暗い影を落としました。


 太平洋戦争末期、伊藤家は、揚輝荘を病気療養のため名古屋に滞在した中国傀儡政権の汪兆銘主席の住まいとして提供しますが、汪兆銘はほどなく亡くなります。揚輝荘も空襲で多くの建物を焼失しました。
 戦後は米軍に接取されて将校住宅に使われた後、松坂屋の従業員寮になり、昭和45年には広大な敷地を分断して月見ヶ丘マンションが開発されます。老朽化して忘れられた揚輝荘を惜しんだ人々は保存会を立ち上げ、名古屋市が揚輝荘を取得して整備、公開されました。

9:30〜16:00 休:月 無料(一部は要予約) 電話:(052)759−4450

アクセス:地下鉄東山線「覚王山」

東山動植物園

 昭和12年(1937)開園の歴史を持つ名古屋市最大の動植物園です。年間入場者数は上野動物園に次いで全国2位、60ヘクタールの敷地に、動物550種、植物7000種が飼育、展示されています。
 戦前のオープン時に東洋一の動物園と謳われましたが、第二次大戦中にはほとんどの動物が猛獣処分と称して殺されたり、餓死したりしました。しかし、2頭の象だけは生き残り、戦後の希望として全国から子どもたちが名古屋に押し寄せました。象を見るために、各地から名古屋に走らせた特別列車は「象列車」と呼ばれました。
 バブル経済崩壊後のレジャーの多様化の中で、全国の主要な動物園同様、東山動植物園も入場者数減が続きましたが、現在では、動物本来の生息環境を再現する「東山動物園再生プラン」によりリニューアルが計画されています。

9:00〜16:30 休:月 500円 電話:(052)782−2111

アクセス:地下鉄東山線「東山公園」


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