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庄川の上流、高山市の西部に位置する高山市荘川町は、白川郷の一部でした。
現在の白川村を下白川郷と呼ぶのに対して、荘川町は上白川郷と呼ばれ、茅葺屋根や北陸系の文化風習に共通点がある一方で、下白川郷に切妻合掌造りが発達し、上白川郷は入母屋合掌造り民家である、などの違いもありました。
現在は「荘川の里」に展示されている保存民家を除くと、現役の合掌造り民家はありません。のびやかなカラマツ林に別荘地が点在する高原の村で、蕎麦の栽培がさかんに行われています。
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御母衣湖畔に立つ2本の老桜の巨木です。
昭和35年(1960)建設の御母衣ダムは、庄川の流れを塞き止め、白川郷の数多くの合掌集落を湖底に沈めました。その中には、高山市へ移築された浄土真宗の古刹・照蓮寺、水没した光輪寺も含まれますが、境内にあった樹齢450年のヒガンザクラは水没を惜しまれて、多大な困難の末に高台に移植されました。 |
ダム湖畔に変わらぬ美しい花を咲かせる荘川桜の大樹は、水没地住民のふるさとの象徴となっています。ダム湖畔を走る国鉄バス名金線の車掌が、毎日眺める荘川桜に感動して、国道156号線沿いに独力で桜を植えて歩き、現在では沿線を桜並木が彩る「さくら道」となったエピソードも語り継がれています。
宝蔵寺庫裏、山下家、木下家、渡辺家、三島家の古い民家を移築しています。
荘川の民家は、入母屋合掌造りで、屋根から出窓が突き出した「鼻小屋」などに特徴があります。日本有数の豪雪地帯である下白川郷と、雪は比較的少ないが寒さの厳しい高原地帯の上白川郷の気候の違いが、違った民家の造りを生んだと思われます。
4月〜11月 10時〜16時 400円 休:水 電話:(05769)2−2681
かつて荘川一帯では、ほとんどの家が茅葺の合掌造り民家でしたが、現在では全てトタンか瓦屋根に変わり、飛騨の他のエリアと同じような農村風景になっています。
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国道158号線沿いにある、そば打ち体験ができる食事処です。
荘川町では、そば作りに適した高原気候を生かし、標高1200mに広がるダナ高原や村内の休耕田を利用して質の高いそばを生産しています。目標は日本一のそばの里にすることだとか。
中心施設「そばの里荘川」の敷地内には、5つの水車が連なる「5連水車」があり、日本有数の直径13mの大水車には2.2mの石臼が連動して、そばを挽いています。そば資料館では、そば打ち体験や手打ちそばが味わえます。
10時〜16時 休:月 電話:(05769)2−3101 |
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泉質:ナトリウム炭酸水素塩泉 泉温:49℃
東海北陸自動車道・荘川ICの出口、国道158号線に面した道の駅併設の温泉です。
高温・自噴の天然温泉を利用した立ち寄り温泉で、良質のナトリウム炭酸水素塩泉は筋肉痛や冷え性に効果があります。ゆったりした造りで開放感のある露天風呂は肌がつるつるする上質の湯です。
8:30〜16時 700円 休:木 (05769)2−2044 |
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惣則地区の北野農業公園内にある、日本最大のイチイの木です。
国指定天然記念物。樹齢2000年ともいわれます。飛騨でイチイは庭木や生垣の木として一般的ですが、荘川では風習として、お墓の傍にも見守るようにイチイの木があります。
集落を見下ろす丘のイチイの老木の下に次郎兵衛家のお墓があり、次郎兵衛のイチイと呼ばれています。 |
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東海北陸自動車道と国道158号線が通る六厩地区は、カラマツ林に囲まれた高原の里です。
ここは、人が住んでいる場所としては本州で最も寒いといわれ、昭和56年(1981)2月に−25.4℃の最低気温を観測しています。まるで北海道の内陸部並みの気温です。
これは、六厩の標高が1050mと高く、海から遠い山間盆地のため、夜間の放射冷却現象が大きく影響するからだと言われます。 |
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六厩地区の国道の休憩エリアには、かつて飛騨の匠が建てたという小さな地蔵堂が残されています。
「千鳥格子」と呼ばれる木組みの格子戸は、神業と称され、組み方が長い間謎とされてきました。明治時代にある大工が一部を壊してしまい、秘密を解明したといいます。 |
昔むかしのこと、美濃国から飛騨国へ旅をしておった若い坊さんが、山奥で道に迷ってまったんやと。
どうしたものか途方に暮れておると、思いがけず荷物を背負った1人の男に出会ったんやさ。こりゃ助かった、とばかり道を尋ねようとしたら、その男は坊さんを気にもとめず大きな滝にザブンと飛び込んでまった。ありゃ、あの男はもしや鬼か、坊さんは思案したけど、思い切って自分も滝に飛び込んでみた。
すると、驚いたことに、滝の奥には道が続いておって、桃源郷を思わせる村に大勢の人が住んでおった。出迎えた長老が坊さんを屋敷に招待し、ありったけのご馳走でもてなしてくれたそうな。
話によれば、そこは日本ではなく、滝を通してつながっている別の世界なんやと。坊さんは長老の言われるままに屋敷で暮らし、長老の娘と結婚もして、何不自由なく過ごしておった。
やけど数ヵ月の後、だんだん肥えていく坊さんを見て、妻が訳もなく悲しんでおる。 不思議に思った坊さんは訳を問いただした。そしたら、 「恐ろしい猿神が、いけにえの人間を食います。次は私の番でしたが、あなたを代わりに捧げるのです」
と打ち明けたんやと。坊さんは、妻に短刀を用意するように頼んだんやさ。
さて、いけにえを捧げる晩、坊さんは短刀を握り締めて猿神を待っとった。現れたのは神でも何でもない、ただの山猿や。そして、猿がいけにえにカブリつこうとした瞬間、坊さんは短刀を喉元に突きつけて押さえ込んだ。
余りのことに猿はブルブル震えて命乞いをしたんやと。坊さんは縄で山猿を縛ると、次の日に村人たちの前に引き出いて見せた。純朴でものを知らない村人を、悪い山猿が神を騙ってたぶらかしとったんやな。
こうして猿神を退治した坊さんは村の英雄となり、末永く幸せに暮らしたそうやさ。 例の滝を通じてこっちの世界と往来する人も多少はあったもんで、いつしか話が広まって、この場所のことを猿丸と呼ぶようになったそうな。
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