Panorama飛騨 飛騨路と北アルプスの絶景地ガイド

 
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郡上白鳥と白山


 郡上市の北部に位置する白鳥町は、長滝白山神社が白山信仰の中心地として栄えた歴史を持つ「神のすむ里」です。
 かつては白山へ登拝する巡礼者たちの列が「上り千人、下り千人」と称されるほど賑わい、権力者たちが寄進した数々の文化財に往時を偲ぶことができます。
 現在の郡上白鳥は、奥美濃のスキーリゾートとして、冬のアウトドアで有名です。

古今伝授の里

 郡上市の中心、八幡町から長良川沿いに遡ると大和町があります。長良川の支流、栗巣川に沿った妙見集落には、鎌倉時代から戦国時代にかけて郡上の地を支配した武将・東氏が拠点を構えていました。
 東氏は代々歌人として知られていましたが、なかでも9代東常縁は古今集研究の第一人者であり、郡上を訪ねた連歌師・飯尾宗祇に古今集の奥義を伝授しています。妙見にあった篠脇城は、常縁が応仁の乱に出陣した留守中を、美濃国守護代・齋藤妙椿に襲われ占領されました。関東でこれを聞いた常縁は悲しんで十首の和歌を詠んで送ったところ、和歌に感動した妙椿が城を返還したというエピソードがあります。


 昭和54年、篠脇城の麓から東氏の武家居館跡と中世庭園の石組みが発掘され、史跡と栗巣川を挟んだ地に東氏史跡と和歌のこころをテーマとする文学フィールドミュージアム「古今伝授の里」が建設されました。
ここには、展示館だけでなく、池に面したフレンチレストラン「ももちどり」や、日本建築の茅葺屋根が乗った総ガラス張りの研修室「篠脇山荘」など、和風モダンな建築群が緑の中に配されています。

9:00〜17:00 休:火、年末年始 300円 電話:(0575)88−3244

白山文化博物館

 美濃の北方にそびえる白山は、その優美な姿から富士山、立山と並んで日本三名山のひとつに数えられてきました。郡上白鳥には南からの登山口にあたる中宮・長滝白山神社が建立され、白山信仰の中心地として栄えました。
 白山神社にほど近い道の駅白鳥・白山長滝公園に併設された白山文化博物館では、隆盛を極めた白山信仰の名残を留める文化財や、白鳥の山にまつわる民俗文化、江戸時代に郡上藩主・金森家を断絶に追い込んだ壮絶な農民一揆・郡上宝暦騒動の唐傘連判状などを展示しています。

9:00〜16:30 休:火、年末年始 500円 電話:(0575)85−2663

長滝白山神社

 加賀、越前、美濃に設けられた白山信仰の拠点のうち、美濃馬場が置かれた地で、白山中宮・長滝白山神社として、その時代の権力者から庶民に至るまで篤い信仰を集めました。
 奈良時代の養老元年(717)白山を開山した泰澄は、祈祷で元正天皇の病気平癒を叶え、その際に霊験によって阿弥陀ヶ滝を発見したことから、この地を長滝と称して白山長滝寺を開きました。長滝寺は平安時代には天台宗別院となり、木曽義仲や奥州藤原氏といった権力者の寄進を受けて多くの荘園を抱える大勢力に発展します。


 東海地方諸国に社僧や御師を派遣して、白山を登拝する巡礼者の列が「上り千人・下り千人」と称されるほど賑わいましたが、戦国時代には北陸諸国から浄土真宗が広がって寺勢が衰え、明治維新の神仏分離令により白山神社と長滝寺に分割、さらに明治32年(1899)の大火で三重塔など貴重な建築物や文化財の数々を焼失しました。
 現在の社殿は大正8年、長滝寺は昭和11年に規模を縮小して再建されましたが、それでも荘厳な大建築がたたずむ様子は、往時の白山信仰を今に伝えています。
 境内の瀧宝館では、国指定重要文化財の鎌倉時代に作られた釈迦三尊像や四天王像などの仏像を展示しています。

瀧宝館 休:火 300円

若宮修古館

 長滝白山神社の北に面して広大な屋敷を持つ若宮家は、代々白山長滝寺の執行家を務め、神仏分離令のあとは社家として仕えてきました。明治時代の古民家には、貴重な文化財が数多く収蔵され、一般公開されています。

不定休 400円 電話:(0575)85−2023

阿弥陀ヶ滝
 白山を開山した泰澄禅師が、白山神の霊験によって発見したと伝えられる霊地です。
 長良川の源流のひとつで、落差60mのきれいな一本の筋になって流れ落ちる滝は「日本百名瀑」のひとつに選ばれています。郡上踊りの郡上節にも「見たか聞いたか阿弥陀ヶ滝の滝の高さとあの音を」と謳われ、江戸時代には葛飾北斎の浮世絵の題材になりました。
 滝の近くまで遊歩道で行くことができ、水量が少ない時期は裏側に回って楽しめます。

白山美濃馬場と白山信仰

飛騨、加賀、越前、美濃にまたがる霊峰白山は、豊富な雪をいただいて多くの川を生み出し、古代から農業に欠かせない水源を司る水分神として崇められました。
 奈良時代の養老元年(717)僧泰澄は白山に登頂し、十一面観音の霊験を得て開山します。山頂の御前峰には十一面観音、大汝峰は阿弥陀如来、別山は聖観音を祀り、白山の峰々を仏や神になぞらえた白山曼荼羅が修験者によって広まりました。
 山麓には登山口となる加賀、越前、美濃の三馬場が置かれます。美濃馬場・白山長滝寺は美濃禅定道の拠点として多くの参拝者が集まり、奥州藤原氏や木曽義仲も寄進を行うなど、天台宗別院として権勢を振るいました。
 白山修験者のネットワークや、御師の活動から、全国の神社系統のなかで白山神社が最も数が多く、また、その多くが岐阜県の美濃、飛騨地方に現存しています。


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